Today’s memorandum
2003年7月6日朝一から模試の監督バイト。
京都駅前の某専門学校にて。
小学5年生担当だったのだが、
小学生が想像以上に「ガキ」だった事に驚いた。
男の子からも女の子からも、
子供特有の匂いがしてくる。
(これを人によっては「乳臭い」とか言うのだろうが)
休み時間には文字通り教室を飛び回る。
男の子はどうしようもなく馬鹿だ。
(勿論良い意味でね)
この馬鹿馬鹿しいパワーが成熟して醗酵して
男臭さに変わっていくのだろうか。
ついつい僕も一緒にふざけてしまった
おいおい模試監督やろというツッコミは禁止です。
模試監督は威厳が必要やん職務怠慢だというツッコミも禁止です。
専門学校生が忘れていったグラサンがあったので、
タモリごっことかして遊んだ。
女の子はもう年頃の子もいるのだろうか、
活発な子と物静かな子と双方いるようだ。
共通して思うのは、
子供を長時間机に座らせておくことの愚かしさ。
模試監督の職務上、
試験時間になれば有無を言わせず、
子供らを席に着かせ、「黙らせる」
カンニングが無いかどうか教室を見回る。
そのことがなんとなく痛ましく思えて仕方なかった。
子供は甘やかしてばかりでは勿論駄目だと思うし、
試験の時間になれば静かにするのは、
小学校5年生にもなればある意味「当然のこと」
でもね、
休み時間には
あんなに目を輝かせて
馬鹿騒ぎや思索にふけっていた子達を
試験とはいえ1教科約50分を4本、
200分近くも集中させることは、
机の上に「縛り付けておくこと」にしか思えなかった。
もちろん目は死んでいたように思う。
僕は子供を持つ親の立場はわからないし、
模試を運営する試験業者の立場もわからないし、
学校の先生の立場もわからないし、
何より子供ら自身の立場がわからない。
それぞれの立場の人からはそれ相応のツッコミが入りそうな意見だけど、
でも、模試監督をしていて、
な〜んとなく思ったのは正直このことでした。
良い意味で小学校の頃の馬鹿なエネルギーを、
大学生になるくらいまで持ちつづければ、
いい感じの大人になる気がする。
____________________
今出川にて合唱団フェアウェル練習。
自分自身の合唱力の衰えを実感しつつも、
声を出す楽しさを再確認。
帰りに友人と王将出町店に飯を食いに行き、
店を出るとなんとなく通りが賑やか。
行ってみると商店街の夏祭りだった。
思えば明日は七夕、七夕祭りだ。
そういえば、自分の記憶の許す限りでは、
新暦の七夕では
晴れの日より雨の日の方が圧倒的に多い気がするが。
それも織姫と彦星がデートの瞬間を見られたくないからだろう、
なんてごくごく一般的な好意的解釈をしながらも、
男同士4人で祭りを楽しんだ。
お化け屋敷の呼び込みもしていた。
「お化け屋敷いかがっすか〜〜〜〜」
威勢のいいおばちゃんが叫んでいる。
頭をいい感じに茶色に染めた、
いかにも京阪電車沿線関西下町にいそうなおばちゃんだ。
呼び込みの休憩に入ったかなと思いきや、
幼稚園年少さんくらいの男の子を抱いて、
これもまた同じような近所のおばちゃんとおしゃべり。
たくましいことって大事ですよね。
おばちゃんから無言で説教されました。
お化け屋敷、近づいてみると、
町内会の方々が手作りで作ったものらしい。
マッキーやゼブラマジックと思しき油性ペンで描かれた、
ドラゴンクエスト・ダイの○冒険(意味ない伏字)の勇者がお客さんを出迎えている。
僕は個人的な趣味で、
こういった良い意味でチープな手作り感が大好きである。
そもそもこの七夕祭りそのものが手作り感で溢れていた。
京都でこの時期に祭りといえば、
泣く子も黙る「祇園祭」
ということになるだろう。
でも、こんな小さな祭りだって、
ハレ日を「祭る」パワーは負けていないと思えた。
もっとも、祇園祭も好きではあるが。
とにかく祭り好き。
どんな祭りも頑張れ。
なんて思いながら、お化け屋敷には入らなかった。
あたりを取り囲んでいるのが中高生ばかりで、
どことなく気恥ずかしかったから。
でも、
今思えばそんなことを考えた事自身がもっと気恥ずかしい。
結局かき氷イチゴ味を食して帰りました。
一瞬、心は中学生に戻った気がした。
京都駅前の某専門学校にて。
小学5年生担当だったのだが、
小学生が想像以上に「ガキ」だった事に驚いた。
男の子からも女の子からも、
子供特有の匂いがしてくる。
(これを人によっては「乳臭い」とか言うのだろうが)
休み時間には文字通り教室を飛び回る。
男の子はどうしようもなく馬鹿だ。
(勿論良い意味でね)
この馬鹿馬鹿しいパワーが成熟して醗酵して
男臭さに変わっていくのだろうか。
ついつい僕も一緒にふざけてしまった
おいおい模試監督やろというツッコミは禁止です。
模試監督は威厳が必要やん職務怠慢だというツッコミも禁止です。
専門学校生が忘れていったグラサンがあったので、
タモリごっことかして遊んだ。
女の子はもう年頃の子もいるのだろうか、
活発な子と物静かな子と双方いるようだ。
共通して思うのは、
子供を長時間机に座らせておくことの愚かしさ。
模試監督の職務上、
試験時間になれば有無を言わせず、
子供らを席に着かせ、「黙らせる」
カンニングが無いかどうか教室を見回る。
そのことがなんとなく痛ましく思えて仕方なかった。
子供は甘やかしてばかりでは勿論駄目だと思うし、
試験の時間になれば静かにするのは、
小学校5年生にもなればある意味「当然のこと」
でもね、
休み時間には
あんなに目を輝かせて
馬鹿騒ぎや思索にふけっていた子達を
試験とはいえ1教科約50分を4本、
200分近くも集中させることは、
机の上に「縛り付けておくこと」にしか思えなかった。
もちろん目は死んでいたように思う。
僕は子供を持つ親の立場はわからないし、
模試を運営する試験業者の立場もわからないし、
学校の先生の立場もわからないし、
何より子供ら自身の立場がわからない。
それぞれの立場の人からはそれ相応のツッコミが入りそうな意見だけど、
でも、模試監督をしていて、
な〜んとなく思ったのは正直このことでした。
良い意味で小学校の頃の馬鹿なエネルギーを、
大学生になるくらいまで持ちつづければ、
いい感じの大人になる気がする。
____________________
今出川にて合唱団フェアウェル練習。
自分自身の合唱力の衰えを実感しつつも、
声を出す楽しさを再確認。
帰りに友人と王将出町店に飯を食いに行き、
店を出るとなんとなく通りが賑やか。
行ってみると商店街の夏祭りだった。
思えば明日は七夕、七夕祭りだ。
そういえば、自分の記憶の許す限りでは、
新暦の七夕では
晴れの日より雨の日の方が圧倒的に多い気がするが。
それも織姫と彦星がデートの瞬間を見られたくないからだろう、
なんてごくごく一般的な好意的解釈をしながらも、
男同士4人で祭りを楽しんだ。
お化け屋敷の呼び込みもしていた。
「お化け屋敷いかがっすか〜〜〜〜」
威勢のいいおばちゃんが叫んでいる。
頭をいい感じに茶色に染めた、
いかにも京阪電車沿線関西下町にいそうなおばちゃんだ。
呼び込みの休憩に入ったかなと思いきや、
幼稚園年少さんくらいの男の子を抱いて、
これもまた同じような近所のおばちゃんとおしゃべり。
たくましいことって大事ですよね。
おばちゃんから無言で説教されました。
お化け屋敷、近づいてみると、
町内会の方々が手作りで作ったものらしい。
マッキーやゼブラマジックと思しき油性ペンで描かれた、
ドラゴンクエスト・ダイの○冒険(意味ない伏字)の勇者がお客さんを出迎えている。
僕は個人的な趣味で、
こういった良い意味でチープな手作り感が大好きである。
そもそもこの七夕祭りそのものが手作り感で溢れていた。
京都でこの時期に祭りといえば、
泣く子も黙る「祇園祭」
ということになるだろう。
でも、こんな小さな祭りだって、
ハレ日を「祭る」パワーは負けていないと思えた。
もっとも、祇園祭も好きではあるが。
とにかく祭り好き。
どんな祭りも頑張れ。
なんて思いながら、お化け屋敷には入らなかった。
あたりを取り囲んでいるのが中高生ばかりで、
どことなく気恥ずかしかったから。
でも、
今思えばそんなことを考えた事自身がもっと気恥ずかしい。
結局かき氷イチゴ味を食して帰りました。
一瞬、心は中学生に戻った気がした。
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